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武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジ 東京都港区赤坂9丁目7番1号ミッドタウンタワー5階 〒107-6205 Musashino Art University Design Lounge 5F Midtown Tower 9-7-1 Akasaka Minato-ku, Tokyo 107-6205 Japan telephone : +81-3-3470-7221 / facsimile : +81-3-3470-7225

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【magazine】スペシャルインタビュー2020 第四回「デザイン・ラウンジの成り立ち」

武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジ (以下、デザイン・ラウンジ) は、2020年12月に東京ミッドタウン・デザインハブ内の拠点を閉室し、その機能を市ヶ谷キャンパスへ移行する。この機に、これまでデザイン・ラウンジにご関係頂いた学内外の方からお話を伺いながら、これまでの研究・活動を振り返り検証を行う、デザイン・ラウンジ オンライン企画「スペシャルインタビュー2020」の第4弾。

今回は、デザイン・ラウンジの初代アシスタントディレクター山下亮氏、開室時ご担当の手羽イチロウ氏より、デザイン・ラウンジが形作られていった過程や企画がどうやって生まれたのか、初期の状況を伺いながら、これからの活動を考える。

 

 

■デザイン・ラウンジの成り立ち

 

―――2012年4月のデザイン・ラウンジ開室までの準備は、どのように進んでいったのでしょうか?

 

手羽:デザイン・ラウンジをどのような場所にするか検討・決定する「デザイン・ラウンジ運営推進検討委員会」の発足が2011年12月7日で、開室目標日が翌2012年4月1日とかなりタイトなスケジュールでした。名称や空間デザイン、サインやロゴマークのデザイン、スタッフの人選や什器の発注等、開室までに必要なことを実質3ヶ月程度で全て用意したんです。

開室ギリギリの頃まで机や椅子などが揃っていなかったので、家具が到着するまではキャンプ用の椅子で仕事したりしましたね。ネットワーク業者さんは、設定作業を床にPCを置いてやっていたくらいです・・。当時、デザイン情報学科の助手だった山下くんに声をかけたのも、2月ぐらいだったと思います。

ただし、津村耕佑先生 (空間演出デザイン学科 教授)が語られているように(スペシャルインタビュー2020 第一回「デザイン・ラウンジと津村耕佑」)、「気軽に集まることができる開放した場」というデザイン・ラウンジ自体のコンセプトはかなり早い段階で決まっていたので、株式会社E&Yさんのご協力もあり、なんとか間に合いました。

 


《デザイン・ラウンジ 工事中の様子》(2012年)

 

———短期間でたくさんの物事が準備されていったのですね。
デザイン・ラウンジという名称は、どのように決まったのですか?

 

手羽:名称については、色々な候補が出たんですよ。私は、六本木の「6」と、6つの活動趣旨を有する意味をかけて「ムサビ シックス」という案を出しました。没になりましたが・・。たしか、運営委員会の中での最初の有力候補は、「クリエイティブ・ラウンジ」だったと記憶しています。

2019年に新設した学科名は「クリエイティブイノベーション学科」ですが、この頃から「クリエイティブ」という言葉を意識していたのかもしれませんね。最終的には、津村先生の案「デザイン・ラウンジ」に決定しました。

 


《デザイン・ラウンジ 外観》

 

■美術大学と社会がつながる、様々なプロジェクト

 

―――初期の頃のデザイン・ラウンジのプロジェクトは、どのように始動していったのですか?

 

手羽:企業や自治体、個人から、色々な持ち込み企画の相談がありました。デザイン・ラウンジのような場所があると、やっぱり学外との繋がりが広がっていくんだなあと実感しました。初期の頃で言えば、ムサビ建築学科の卒業生から相談のあった、太刀川英輔氏による「デザインの文法―ひらめきを生み出す思考」や、多摩美術大学の卒業生による勉強会「折詰め会」などの企画実施が代表的です。

当時、デザイン・ラウンジのディレクターだった井口博美先生  (元デザイン情報学科・現クリエイティブイノベーション学科 教授)は、「ここでは社会と大学のつながりを第一に、ムサビだとかムサビでないとかにはこだわらず、実験的な場にしたい。」と言っていたんですが、まさにこれらの企画がそうでした。開室して間もない頃に、こういった持ち込み企画の相談があったのはありがたかったです。

 


《デザインの文法―ひらめきを生み出す思考》(2012年)


《アートで届けるプレゼント:【大学生限定】『来場者1000万人のギャラリー』》(2012年)

 

―――デザイン・ラウンジには、企業や団体との社会実験プロジェクトを独自に取り組む機能がありましたが、どうでしたか?

 

山下:社会実験プロジェクトという名目では当初なかったと記憶していますが、初めての社会実験プロジェクトは、2015年に株式会社コンセントさんと一緒にサービスデザイン系のプロジェクトをデザイン・ラウンジで実施したのが最初に企画したプロジェクトの一つだったかと思います。

「サービスデザイン」や「デザインシンキング」など、語弊がある言い方かもしれませんが「考えるタイプのデザイン」の言葉が出始めた時期ですね。それまではコンセントさんはクライアントの課題に対するコンサルテーションというかたちでサービスデザインをサービスとして提供していたけど、サービスデザイン自体を教えるスキームを構築したいということで、いくつかのワークショップを企画し、実際に開催しました。

それと同時にコンセントさんと一緒に千葉県いすみ市に行き、サービスデザインを用いて、地域の魅力の発掘・課題発見・解決策を抽出していくプロジェクトも始めました。実際にいすみ市へ行って、市民の方々へのヒアリングや研究報告など行いました。

手羽:この時に、初めて「サービスデザイン」という言葉を知りました(笑)

 


《サービスデザインの教室:第1回「サービスデザインとは 何か?」》(2014年)

 

―――デザイン・ラウンジでは、デザイナーや企業が実施するワークショップだけでなく学生企画のイベントも開催しましたが、どのような関わり方をしていましたか?

 

山下:デザイナーさんに実施してもらう子供向けワークショップでは、デザイナーさんに声をかけて、どんな内容にするかという段階から関わっていました。デザイン会社やゲーム系の会社からは学生向けのイベントを開催したいと相談があった時も基本的に、一緒に内容から、集客方法や開催時期などを一緒に考えてやりましたので、挑戦的なかなり実験的なワークショップをやっていましたね。

学生企画のイベントは少し違って、学生からの相談には乗るけど、企画書や予算計画などは基本的に学生に作ってもらうようにしていました。デザイン・ラウンジの役割はあくまでもディレクションと実験の場の提供であって、最終的に作り上げるのは実施主体の学生であるべき、と特に学生企画の時は意識していました。

 

手羽:デザイン・ラウンジとして一番最初の学生企画である、一森さんがリーダーを務めたMIDTOWN❤︎SUMMERが予想したものよりかなり完成度が高かったのが今思えば幸運でしたね。

 

―――手羽さんのご家族には、デザイン・ラウンジの子供向けワークショップにたくさん参加して頂きました。
毎年夏に、成長したお子さんに会えて楽しかったです。

手羽:家族で作った作品は、全て自宅のトイレに飾ってあります。

 


《「LEDで遊ぶ!」ワークショップ》(2013年)


《〜キッズウィーク2017夏場所〜 粘土でオリジナル力士をつくろう!》(2017年)

 

■東京ミッドタウン・デザインハブで活動したこと

 

―――東京ミッドタウン・デザインハブでのムサビ企画の展示は、デザイン系の学科を中心に毎年開催しましたが、どうでしたか?

 

手羽:東京ミッドタウン・デザインハブの皆さんからの評価が高かったのは、「ラーニング・アーキテクチャー2015|建築、学びの冒険─大学の建築設計課題の動向展」でしょうか。この展示では、ムサビの建築学科が中心となって、様々な大学での建築の課題を紹介しましたが、東京ミッドタウン・デザインハブで2018年から開催している、様々なデザイン系課題を紹介する展示「ゼミ展」の着想になったと聞いています。

初年度に、デザイン振興会の方から「単にムサビの学生さんの作品を展示するだけではダメですよ」とアドバイスを頂いたことがありました。言われたときはドキッとしましたが、新しいデザイン領域の紹介や、デザインの歴史を検証するなど、東京ミッドタウン・デザインハブの「デザインの情報発信をする場」という場所性を改めて認識させられた出来事です。そして、六本木という場所に見合った展示のクオリティも担保しなければ・・と覚悟しました。

 

―――ムサビは、美術普及・振興プログラム「旅するムサビプロジェクト」(通称「旅ムサ」)や、教育施設「ゼロスペース」などでグッドデザイン賞を受賞しています。エントリーのきっかけは何ですか?

 

手羽:ある日、「旅ムサ」の企画ってグッドデザインだなとひらめいて、課内打ち合わせで「グッドデザイン賞に挑戦してみない?」と告白したのが始まりです。「旅ムサ」のどこがデザインなのか?いうのは、東京ミッドタウン・デザインハブでの活動や、デザイン・ラウンジでの実験的なデザインの取り組みを見てきたおかげであり、デザイン・ラウンジをやっていなければ、エントリーの発想は生まれてなかったと思います。

 


《東京ミッドタウン・デザインハブ 第54回企画展「ラーニング・アーキテクチャー2015|建築、学びの冒険─大学の建築設計課題の動向展」》(2015年)

 


《旅するムサビプロジェクト展》(2017年)

 

■デザイン・ラウンジのWEBコンテンツについて

 

―――デザイン・ラウンジのWEBサイトについて、お伺いします。
参加型のWEBコンテンツが多くありましたが、どのように作られていったのですか?

 

山下:まず、WEB上でも実験の場を展開したいと思い、株式会社ラナエクストラクティブさんに相談しました。みんなが集まって議論ができたり投票できたり、情報を収集していけるようなプラットフォームを作りたいと考えました。

2012年頃は、WEB上でのコンテンツに対するリアクションは「いいね!」くらいしかなかったので、「ふーん」とか「気になるね」とか別の感情も取り込んでいきたいと、たくさんの感情のボタンを設置しました。そのクリック数をもとに、デザイン・ラウンジが社会からどんな風に見られているのかを計測していました。

それから少しずつWEBコンテンツを増やしていきましたが、その中で共通するのは、「あえて答えを全て出さないデザイン」です。「デザインっていうのは、ソリューションを提供するのではなく、課題を発見するためのものであるべきですよね」と、ラナエクストラクティブ太田伸志氏(当時)と話していたんです。デザイン・ラウンジという場所自体も、ゆるやかで、変化する空間なので、それをWEBサイトで表現しました。

 


《D-LOUNGE Geography》

 


《デザインのベクトる》

 

山下:デザイン・ラウンジのWEB施策では、実験的なことを色々やらせてもらえて楽しかったですね。単純にアーカイブとしての機能をアーカイブっぽく見せない見せ方の探求とか。。そういえば、トップ画面にブログへ移動するボタンとして手羽さんの写真が出てくる仕掛けとかも作りましたけど、なくなっちゃったんですか?

手羽:あれは、学内で怒られたので取りました。

 


《第1回{ SMART < ( ? ) }を、考えよう。研究会 with ラナエクストラクティブ》(2013年)

 

■市ヶ谷へ移行後のデザイン・ラウンジの機能に思うこと

 

―――2020年12月にデザイン・ラウンジを閉室し、その機能を市ヶ谷キャンパスへ移行します。六本木での情報発信拠点としての期間を経て、市ヶ谷は実際に社会を学びのフィールドとして捉えるイメージですが、今後の活動についてはどうでしょうか。

 

手羽:新しいデザインへの熱量とムサビへの愛情がある井口先生と山下くんが最初に関わってくれたのがすごく大きいと感じていて、市ヶ谷キャンパスも愛情と熱量のある人がどうやって絡んでいくか、そして愛情と熱量のある人が生まれていくかがカギになると思ってます。特にこのコロナ禍では、「デザイン」や「場」の考え方も変化しないといけない状況にあり、それに対応できるのが「熱量と愛情のある人」じゃないかと。

 

山下:そうですね。物質的な場や名の継承ではなく、デザイン・ラウンジでも重視していた意識や気持ちの継承がされるとうれしいです。

 

―――デザイン・ラウンジが開室した頃は東日本大震災の直後で、「デザインで何かできないか、集まる場を作ろう」という議論がされていましたが、閉室のタイミングは「集まる場とは何か、新しいコミュニティを考える」という時期なのですね。
山下さん、手羽さん、今日はありがとうございました。

 


《活版印刷でレターセットを作るワークショップ》(2018年)

 


《東京ミッドタウン・デザインハブ 第43回企画展 『これからの「くらし」、これからの「かたち」―クラフトとデザインの総合と未来形』》(2013年)

 

 


山下 亮 (やましたりょう) クリエイティブストラテジスト/アートディレクター/クリエイティブディレクター
武蔵野美術大学卒業。ロンドン芸術大学(UAL)大学院終了。武蔵野美術大学助手、武蔵野美術大学 デザイン·ラウンジ、メーカー等を経て現在外資系企業にてクリエイティブ業務に従事。

 


手羽イチロウ (てばいちろう) 武蔵野美術大学専任職員
デザイン・ラウンジ創設に関わり、2012年研究支援センター(現社会連携チーム)着任後は運営・管理を行う。現総務グループ長。

(文=武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジ)

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