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武蔵野美術大学デザイン・ラウンジは、領域・概念が拡大し続ける「デザイン」を捉え、
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【magazine】MAU bdpが目指す、ビジネスとデザインを往来する産学共同プロジェクト

今年度からスタートする武蔵野美術⼤学ビジネスデザインプログラム、通称「MAU bdp」は、産学共同プロジェクトを実践的な教育研究の場として捉え、さまざまな企業と共創するプログラムです。
今回は、プログラムの総合ディレクションを務める株式会社ディーランド 代表取締役の酒井博基さんと、本学社会連携チーム、株式会社武蔵野美術大学ソーシャルマネジメント教育共創事業部の河野通義が、参加企業のひとつである株式会社スマイルズ 取締役CCOの野崎亙さんを訪ね、鼎談を実施。「美大生はどのようにビジネスをアップデートすることができるか?」をテーマに、これからのビジネスシーンでデザイナーや美大生に求められる素質や、MAU bdpが目指すものについて語り合いました。

 
 

特殊技能だけに頼る時代はもう終わった

 

酒井:さっそくですが野崎さん、これからビジネスとデザインの関係性はどのように変化していくと思いますか?

野崎:デザインを形として捉えるかどうかがひとつポイントになってくると思います。僕のなかのデザインの定義からお話しさせていただくと、学生の時からずっと考えているのが「デザインとは果たして誰がやるものなのか」という命題。紙コップだったら、これをコップとして使う人もいれば、なにか小物を入れる人もいますよね。そんなふうに、生活者がこれをどう見立てて、どういう機能を実装させていくか。これこそがデザインの本質だと思うんです。こう使ってほしいというデザイナーの意図通りに使われるケースもあれば、そこから拡張されて全然違うものになっていくこともあるんですよね。

その拡張性に幅や奥行きがあれば、僕はそれが“いいデザイン”だと捉えているんです。プロダクトだけではなく、サービスでもUI/UXにも当てはまるのですが、そういう“生活者側から能動的につむぐ文脈”のようなものをいかに創出できるかが勝負になってくると思っていて。なぜかというと、あらゆる商品を獲得するためのコストが最小化されているし、クオリティの面でも、低価格で十分な品質になっていて、スペックの競争は終焉に向かっているからです。かつては“ブランド”といわれるような、スペックを超えたところの期待値があった時代が長く続きましたが、今後は「私にとっての大事なものかどうか」が重要になってくると思います。
だからつくり手は、人が文脈をつむぐための道筋までも含めて設計するようになってきた。スマイルズもいろんな事業をやっていますが、やっぱりそこをすごく意識していますね。

 


野崎亙さん。株式会社スマイルズの全事業のブランディングやクリエイティブを統括するほか、外部案件のコンサルティング、ブランディングも手がけている。

 

酒井:たしかに、デザイナーの役割は職人的になにかを形づくるだけ、という時代ではなくなったと感じます。

野崎:昔はなにかをつくれることは特殊技能だったんですよね。たとえばIllustratorがない時代は絵を描けることは超特殊技能だったし、音楽は楽器が弾けないとつくれませんでした。今はつくること自体は簡単にできてしまう。特殊技能だけに頼っていた時代はもう随分前に終わったんです。
僕らは今も手書きで書くことを大事にしていますが、それはもはやデザイナーだったら当たり前の技能で、さらにその先の領域にいくことがすごく大切になるんだろうなと思います。

酒井:それでいうと、長年ムサビの学部は造形学部のみでしたが、2年前に造形・美術の力をもって今まで以上に実社会に入り込む学びを行うために、造形構想学部ができたんですよね。

河野:ムサビの教育は造形力を大切にしています。ただ、それをやり続けていくだけではなく、新しい時代の学びを切り拓いていかなければならないという課題もありました。絵を描くことや、もののデザインをするということの思考性に一体なにがあったのか。それを徹底的に検証すると、新しい人材育成の形や、これからの社会に必要な学生のプログラムがつくれるよねと、2年前に造形構想学部を立ち上げたんです。また、これまで美大に入るためには、受験の時点でデッサンやデザインができるようになっていることが求められていましたが、そこもアップデートできればと考えました。入学するときにはそのスキルを持っていなかったとしても、美大の人材育成は可能だと思います。それで今、1学年の学生1000名のうち、造形構想学部が150名という割合で取り組んでいます。

 


本学社会連携チーム、株式会社武蔵野美術大学ソーシャルマネジメントの河野通義。

 
 

ビジネスサイドとデザインサイドの“ループ”を学ぶ

 

野崎:僕は非デザイナーですが、デザインというものに若い頃からずっと触れて生きてきました。そういうなかで今、あらためてデザイナーたちの力ってなんだろう?と考えることが多くて。非デザイナーたちは、デザイナーの価値はアイデア開発力だと思っているんだけど、実は全然違うと思うんです。やっぱり絵を描く力なんですよね。そして絵は観察力がないと描けない。デッサンはまさにそうだと思うのですが、ものを精緻に捉える力が必要で、そのためには見る力、紙やキャンバスに落とし込む力がすごく必要です。そのことにアンテナを鋭敏に張っているのがデザイナーや美大生の特徴だと思います。

スマイルズは普通の会社とはちょっと違って、ビジネスロジックからビジネスをつくることはまずありません。ひとりの気づきとか原体験、そういったものを“てこ”にして事業を生み出します。そのとき、まだコンセプトも決まってないのにいきなりロゴをつくったり、ひとつのシーンを描いたりと、なんらかの具象的な絵や造形物をつくることから始めているんです。なぜかというと、絵は活字情報よりも多義性があり、イメージを膨らませやすいという力があるから。それがプロジェクトメンバーのアイデアを創発させるトリガーになります。

酒井:まさに、MAU bdpの概念図(下図)にある「d」(=デザインサイド)の構造と同じですね。ここには「表現力」とありますが、「具体化力」と言い換えることができると思います。絵に含まれている情報を使い、「統合力」で思いもよらない結合や統合を起こしていく。

 

 

野崎:この図、すごく正しいと思います。特に大企業などでは、デザイナーはアイデアをたくさん出す人だと思われがちですが、そうではなく、みんなのアイデアを引き出す力があるっていうことなんですよね。一般企業においても、もう一度デザインの力を精緻に捉える、あるいはデザイナーの力を精緻に捉えることができれば、デザイナーが単にアウトプットとしてロゴをつくるような現状から変化していくと思います。

酒井:今はビジネスサイドとデザインサイドが分断しているんですよね。本来は両者の工程がループしていくような形で進めていかなければならないところを、ビジネスサイドの工程が終わってからデザインサイドの工程に取り掛かるふうになっているのが、昨今のビジネスが行きづまっている要因のひとつなのかなと。

野崎:そうなんです。プロジェクトは具象と抽象、拡張と伸縮を繰り返して、やっと光が見えてくると思っています。デザイナーも非デザイナーも関係なく、全員が初めから参加する。ベルトコンベア形式じゃないんです。でも、ジョブ型組織などでは、「この人にはこの役割を」と縦で割っていきますよね。ビジネスが成功している間はもちろんそれでいいのですが、市場がシュリンクしたりした瞬間に行き詰まる。そのときの対処法として生産性を高める方法もありますが、今は生産性の真逆にある、非生産的だけど未来をプロットしていくような活動が求められています。だからこそ、デザインがあらためて注目されているんじゃないでしょうか。

酒井:大学の教育の中だけでは学ぶのが難しいビジネスサイドとデザインサイドの“ループ”を学ぶことができる、大学と社会の中間領域みたいなものを、MAU bdpのプログラムでつくっていければと思っています。

河野:そうですね。「ものや形をつくるだけ」「絵を描いてるだけ」といった、美大に染みついたイメージを壊すには、こういうプログラムを通して社会に伝えていく必要があると思っています。

 
 

求められているのは「デザインがベースで、ビジネスもできる人」

 

酒井:ビジネスサイドの人は世の中をマーケティング的に認識しているのに対して、デザインサイドの人は世の中をどう自分のフィルターを通して捉えるかという違いがあります。前者の課題を抽出してビジネスモデルを構築していくことと、後者の一見飛躍していることを結合していくことっていうのは、実は補完関係にあるのかなと思っているんです。

 


本学卒業生でもある株式会社ディーランドの酒井博基さん。これまでに美大生と企業の共創プロジェクトを多数手がけてきた。

 

野崎:今はビジネスサイドの素質とデザインサイドの素質の両方を持っている人が求められていますよね。その人は当然どちらかにもなれるし、間に立って両者をつなぐ翻訳家にもなれる。今はお互いの言語に違いがすごくあるので、両者と仲良く会話ができる人がいればずいぶんものごとが変わってくるのかなと思ったりしますね。
そのなかには「ビジネスサイド寄りのデザインサイド」とか、「デザイン寄りのビジネスサイド」とかいろいろな人がいて、美大からも一般大学からも輩出されると思うのですが、絵の力を“てこ”にしながらビジネスにブリッジしていける美大生は、今後すごく重要視されていくはずです。実際に今、「デザインがベースで、ビジネスもできる人」が活躍しているんですよね。両方と会話ができるから重宝がられるというのもあるんですけど、やっぱり絵が描けるからすごいんですよ。

酒井:本当にどこの会社も求めていますよね。

河野:僕はそこに課題も感じています。大きな企業の方などとお話すると、世の中が変わり、経済が変わり、事業が変わっていくなかでどうビジネスを展開したらいいんだろうかと考えていて、こういう時代では「美術・デザインが基礎で、ビジネス・事業開発ができる人」の重要性がわかっている。でも、その人材をどう使ったらいいのかわからないという企業も多いと思うんです。「必要なのはよくわかります。でもうちに入ってもらっても、どう扱ったらいいかわからないからまだ採用できません」というようなことです。

野崎:今はたしかにそんな状況ですよね。一方で、そういう人がまだ少ない今だからこそキーマンになりやすい面もあると思います。今後増えてきたときに、今キーマンになっている人が未来には最初の良き理解者になる。10年後、20年後には、あの人がいたからやってこられたと言われるようになっていくんじゃないかなと思います。

 

 

酒井:河野さんがMAU bdpに最も期待していることはなんですか?

河野:学生の視点で考えると、いろいろな表現や経験を通して多くの知見を得ることがムサビの学びの特徴ですが、それを授業ではなく本当の社会で学べることです。企業の方にとっては、そういう人材の活かし方を知ってもらう場になるとすごくいいなと思います。

野崎:おっしゃる通りだと思います。きっと本当は、ビジネスマンにはクリエイティビティが隠れているし、デザイナーないし美大生にはビジネスの教養もあるんですよね。自分たちがすでにその両面性を持っているということを気づかせ合うような相互作用が起きてくれば、もっといい世の中になると思います。

酒井:ビジネスサイドの人とデザインサイドの人が見ていたのは実は同じものだった、みたいなイメージでしょうか。単に見る方向を意識したがために、そこに認識の違いが出てしまったという。MAU bdpでは、同じものを見ているという前提のもとで協業していくスタイルをつくっていけたらいいですよね。美大生と企業、お互いが無意識につくってしまっている壁を壊していくことに、次のビジネスやデザインの在り方が見えてくるのかなと。そこにすごく期待しています。

 

(文=d-land 平林 理奈)

 

武蔵野美術⼤学ビジネスデザインプログラム
https://d-lounge.jp/2021/04/15469

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