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【report】高大連携協定締結トークセッション「STEAM教育の未来とイノべーティブな人材育成」

武蔵野美術大学は、熊本県立熊本高等学校と10月12日付で高大連携に関する協定を締結し、10月29日に熊本高等学校内において締結式を開催した。今後はこの協定に基づき、普通科高校での新たな学びの可能性を美術大学の学びと合わせた実験的取り組みを行い、社会課題を解決・探究するため人材育成に挑戦する。

締結を記念し、「STEAM 教育の未来とイノべーティブな人材育成」をテーマに、予測困難な時代に必要とされる教育とは、答えのない社会を生き抜く人材育成について、長澤忠徳(武蔵野美術大学 学長)、越猪浩樹(熊本県立熊本高等学校 校⻑)、前田康裕(熊本大学 大学院教育学研究科 准教授)、手嶋州平(Artful Mind Project 代表)、岩本修一(熊本県教育委員会 高校教育課⻑)、 竹中千尋(熊本県教育委員会 義務教育課⻑)、矢野幸彦(熊本県立熊本高等学校 美術教諭)がトークを行った。

 

 

■生徒の可能性を拓く取り組み

対話型鑑賞の研究・実践をリードする手嶋氏は、ボストンにあるイザベラ・ガードナー美術館で美術館教育を受け、現在もさまざまな人材育成活動に取り組んでいるが、いわゆる日本の進学校の生徒たちと関わったときに強い違和感を感じたと言う。

それは学ぶことに対する受け身の姿勢、対話経験の少なさ、正解の無い問いに対する思考力不足だ。
オープンクエスチョン(*1)に対してなかなか答えが返ってこない、最終的にYesかNoの質問まで持っていかないと返答が得られないこともある。

これらの原因は、正解の無い問いに向き合ってきた経験が少ないことも挙げられるが、答えのない社会を生き抜いていくためには、主体的な学び、知識の伝達や問いかけ、記憶力だけではなく創造的・批判的思考力がますます必要になってくる。
そして、その学びにはアートを通した教育がとても大きな可能性を持っていると手嶋氏は言う。

 

一般的に完成した作品をアートと捉えがちだが、自分が何かと向き合うときにどういう感情なのか、どのような問いがでてくるのか、そこに向き合う事が本来のアートであり、思考することで創造的な対話、発想の飛躍や新しい解釈が生まれてくるのだ。

手嶋氏は札幌の高校で探究コースの立ち上げに関わってきたが、美術の授業ではアウトプットの形よりも制作のプロセスを大切にしながら美術教員と共に指導に取り組んでいると言う。たとえばボックスアートを作る授業では、「自分の未来を映し出す箱」というテーマで、自分自身を掘り下げる問いを投げ、制作の過程で何を考え、どこで躓いているのかを生徒と対話しながら行っているそうだ。

とある高校では美術館でワークショップを実施したが、終了後のフィードバックに大きな可能性を感じたと言う。言語化できる基礎学力は高いので、きっかけさえ与えれば学びに繋げることができるのだ。きっかけが今までなかったことが、彼らのフィードバックを見て分かったと言う。

最近ではアート思考に関する本も見かけるようになり、手嶋氏自身、自分の活動は間違いではなかったと確信に近づいている。対話の重要性とチームとしての創造力もアートと繋がっていて、アメリカの医学部では鑑賞教育を中心としたアート教育が取り入れられている。観察力や不確かなものと向き合う力。不確かなものを見せられたときに、すぐに決めつけず、よく観察してチームと相談する。このプロセスが学生を成長させるのだ。

VUCA(*2)と呼ばれているこの時代そのものが、アートではないかと手嶋氏は言う。

曖昧・不確実・複雑・変動性、アーティストは常にこの問いに向き合っている。
「間違いを恐れずに何か挑戦しよう」それよりも、「恐れようが何だろうがするしかない、やるのやらないの?」これからの時代を生きる子どもたちに投げかけていきたいと話した。

 

*1 オープンクエスチョン:回答範囲を設けずに、相手が自由に返答できる質問
*2  VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉

 

 

■教育に対するそれぞれの視点

なぜアートが重要になってきているのか、それは何が問題か分からない問題ばかりが残っているからだと長澤学長は言う。

これまでの教育や研究は、ある問いが立てられると既存の情報を組み合わせれば解決できた。しかし市場はこれ以上便利になる必要がないところまで来てしまい、何が問題かよく分からない。となれば、これからは何が問題か分からない、その問題を探すことが大切になってくるのだ。

武蔵野美術大学には「真に人間的自由に達するような美術教育」という理念があるが、それはプロセスを通じて人間的自由を獲得していくことである。美術大学は作品を作るだけの場所だと社会からの誤解があるが、絵だけを描いていればいいわけではなく、それを言葉でも説明しなければいけない。

一般大学では、読み書き能力、いわゆる一般言語のリテラシーを教えるが、美術大学は「感じて、描く」といった造形言語のリテラシーを教える場なのだ。大学進学にあたって、親、社会から偏差値で決めつけられることに疑問を抱く子どもたちがいる。その子どもたちをスタート台にのせるプロジェクトが必要であり、今回の連携もその一つであると長澤学長は話した。

 

《左から長澤学長、前田准教授、手嶋氏》

■正解を求める教育から守破離の教育へ

大学で指導している前田准教授は、いまの学生は黙って教員の話を聞いて正解を出すのは得意だが、正解の無い問題をみんなで話し合い、新しい価値を生み出す、自分なりの答えを出すことが苦手だと指摘する。

教員側にも問題はあって、本来は授業を変える必要もあり、教科主義のカリキュラムも疑わなくてはならない。複雑で変化し続けている社会で、大人たちが知識や技能を改めて問われる時代が来ているのだ。技術が発達するほど、何が人間のためによいのか考える感性が問われてくる。そこで重要になるのがアートだと述べた。

 

コロナ禍を経験して、学校教育が大きく変わろうとしていると岩本課長は言う。インターネットの普及によってすぐに情報を入手できてしまうが、批判的思考力を持って、なぜそれが間違っているのか、あるいは正しいといえるのかが述べられる人材がこれからは必要なのだ。新しい学習指導要領に変わっていくなかで、まずは授業が変わらなければならない。

授業が変わるとは、教科書を教えるのではなく、教科書を使って何を教えるのか。各教科が横断的に結びつきながら教えていくことであり、これから問われるのは分析力である。正しく批判し、なぜそれが正しいのか言える人材を、高校の授業を通して育成し、教科横断的に進めていかなければならないと話した。

 

日本の学校は正解を求め、教室で人と違う意見を発言すると、「それは違う」と言ってしまう日本人の習性があると竹中課長は話す。人からずれてしまうと評価されず、子どもたちも間違えてはいけないと意識してしまうのだ。また、教員も文部科学省が示す学習指導要領の内容を教えることに意識が向きがちで、子どもたちの自由な意見や創造性がなかなか発揮することができないと指摘する。

誰しもが今日のような話を聞くと危機感は持つが、具体的に何から始めたらよいのか分からずに行き詰ってしまう。
それこそ答えがなくて大人が試される立場だが、行動力、前例を打ち破る情熱が今の日本には無い。

そこで一つの鍵となるのは、各界のリーダーの「まずはやってみる」という行動力だ。誰しもが第一歩は踏み出せないが、踏み出す人がいて始まるのだ。破ったり離れたりする人、そういった人材を育てていくことは非常に大きな可能性があると話した。

 

熊本高校で美術教員を務める矢野教諭も、指導をするなかで、失敗を積極的に経験して前に進ませることを大切にしている。美術は手を動かしながら失敗を重ねて、経験として身につけた知識や考え方をベースにしながら改善を続けるうちに表現が生まれていくものである。学校教育ではそういった経験をさせるゆとりや時間が少ない部分もあり、どうしても正解へ向かわせる指導が現実的にはあるが、できるだけ自分自身で考えながら進めていく力を身につけさせたいと話した。

 

 

■子どもたちのために何ができるのか

時間をかけること自体がアートの一つの取り組みであり、時間をかけずしてできるアートは基本的には無いと手嶋氏は話す。

作品にはコンセプトや何故そこに辿り着いたのかアーティストの哲学が必ずある。自分と向き合うことを体験させることがアートの強みなのだ。しかし、時間がない、学校教育でイノベーティブな人材育成ができるのか、現場の教員からはそのような言葉がでてくる。

 

《左から手嶋氏、矢野教諭》

 

幼稚園・保育園であれば多少時間的なゆとりもあるが、小学校に入ると教員はさまざまなことに追われて、子どもたちと向き合う時間や創造性を膨らませるような授業ができなくなってしまうと越猪校長も指摘した。

時間が無いというのは、自分のやり方を変えたくない、これまで自分が受けた教育や授業のやり方が当たり前だと思っている人の言い訳ではないかと前田准教授は言う。

社会がものすごく変化しているなかで、小学校から高校までの学習も社会の変化に合わせた学習に切り替えなくてはいけない。しかし学校は教科主義のままだ。テストの点数を高くするための教育ではなく、社会をより良くするため、みんなが幸せになるための教育が必要なのだ。まずは教員が変わることが大切だと話した。

 

美術大学は実技が必要のない学科もあるが、7割程度は実技試験のための予備校などに通い試験を受けてくる。ところが入学後は技術を教えない。

予備校などで行ってきたものは美術大学合格のためのデッサンであって、入学後は一からのスタートだと長澤学長は話す。入口は便宜的なルートで入ってくるが、大学内で多くの刺激を受けて、自問し始める。そうすると、卒業するときに進学した学科の専門性とは無関係のことをやる学生もでてくるそうだ。

真に人間的自由に達するような美術教育でありたいと謳っている以上、学生にはどんどん変わって欲しいと長澤学長は願う。

教員は学生に「どうして?」を繰り返し、学生は自問自答する。これを4年間繰り返すと、日本画学科で絵を描いていた学生が卒業制作で映像作品を作ることもあるのだ。入学時の入口で将来像を決めつけているのは親だけで、本人は全く違うところに辿り着く。これをよしとするか、落第とするかは学校の度量であり、この教育こそが美術大学なのだ。

1994年に全国高等学校デザイン選手権大会をスタートさせた長澤学長。これは課題を出さない、教員が教えることを辞めて、生徒が自ら問題を探すデザインコンペだ。点数で評価する必要はない、頑張った子どもには1等賞をあげればいい。点数評価で内申書を作るから子どもたちはやる気をなくしてしまうのだ。子どもたちが面白いと思ったことをやらせてあげたいと長澤学長は話した。

 

《トークセッションの様子。矢野教諭が持参した熊高生徒の作品を見る参加者》

 

一昔前にゆとり教育という言葉が出てきて、ゆとり教育は失敗だと言われたこともあった。しかし、前回の学習指導要領の変更で、教える内容が増えている状況にあると岩本課長は話す。

学校現場のなかで新しいことをやらなければいけない、今までの授業とはまた別のことをしようと考えると、時間がないという発想になってしまうのではないかと指摘した。生徒たちに問いかけることが創造力を生み出す力にも繋がっていくと岩本課長は考える。今回の学習指導要領を受けて、新しい授業づくりを考えていかなければいけないと話した。

 

高校の普通科とはそもそもどのような教育を目指すのか。これは文部科学省でも議論している話題だと竹中課長は話す。

高校にはそれぞれ特徴があり、どんな卒業生を輩出するのか、その目的に沿ったカリキュラムとはこのようなものだということを各高校で示すことや、社会に出たら文系理系は関係ないため文理融合するべきだ、という話も出ている。

義務教育の観点からは、小中学校は基礎学力が大切であり、小中学校の一番の目的は、子どもたちが主体的に社会で生きていくための基礎的な学力、文章を読む力・計算する力を身につけることだ。それをしっかり身につけさせた上で、子どもたちの創造性を育むためには、自らで考えることを促すような声掛けをする必要がある。時間が掛かるなど現実的な問題があるが、まずは明日からできることを考えていきたい。今回の取り組みを全国のリーダーに伝えて、考えるきっかけを作っていきたいと話した。

また、他人からやらされる仕事は子どもだけではなく大人自身も苦痛だが、子どもたちのためにこういう教材を作ってみようというような自発的な取り組みは苦労なくできるものである。県の教育委員会としては、教員のそのような取り組みを後押しできるように、無駄なことはやらなくて済むような姿勢を示していきたいと話した。

 

 

■正解を手放す勇気

熊本高校はさまざまな分野に関心を持っている多彩な生徒が多い。今回の連携をきっかけに、多くの生徒がアートやデザインに触れる機会を増やし、美術を身近なものとして興味を持たせることが大切ではないかと矢野教諭は話した。

アートやデザインが感覚を揺さぶる機会になり、物事の見え方や考え方が変わるきっかけになればよい。社会のなかで美術が大切な役割を果たしている認識を持ち、生徒自身が自ら積極的に関わっていきたい気持ちを持たせることが大切なのだ。それは、熊本高校のみならず他高校や小中学校の生徒を交えながら進めていきたいと願った。

これからは1つの高校だけでSTEAM教育を実践する考え方ではなくて、高大連携・産学連携、あるいは普通科の高校と専門高校が連携をしながら取り組んでいくことがSTEAM教育、将来に向けての人材育成につながっていくと岩本課長も述べた。

 

今回の高大連携で、どのようなことをするのか、ゴールは何か。それを考えることが、プロジェクトデザインだと長澤学長は言う。要するに、何を問題とするのか全員が自覚するかどうかだ。そのきっかけのためにさまざまなチャレンジをするのが始まりだと話した。

最後に越猪校長は、「本来であれば議論をまとめることが定番かもしれないが、正解を手放す勇気を持たなくてはいけない。だから、あえてこの回のまとめは行わない。それぞれの発言をもう一度言語化して、熊本高校のためだけではなく、これからの時代を担う若い人たちのために私たちに何ができるのか、次回ディスカッションしていきたい」とイベントを締め括った。

 

(文=武蔵野美術大学 社会連携チーム)

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