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武蔵野美術大学デザイン・ラウンジは、領域・概念が拡大し続ける「デザイン」を捉え、
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【magazine】武蔵野美術大学公開講座2019 プレトーク「今なぜ、クリエイティブを学ぶ?」 (前編)

創造的思考力を実社会に応用し、イノベーション人材を養成する造形構想学部クリエイティブイノベーション学科を新設した武蔵野美術大学と、ビジネスリーダー向けにデザインリテラシー教育を行う「WEデザインスクール」の共催による公開講座「クリエイティブを学ぶ!〜デザイン、アートの力って?」が、今年秋に全3回にわたり開催されます。

この講座では、デザイン・アート的思考を活用し活躍するさまざまな分野のリーダーと対話することで、どのように未来をつくっていくべきか、これからの社会で求められる創造的リーダー像とはどのようなものか、などについて探求が行われていきます。

その開催に先立って、本学学長でデザインコンサルティングを専門にしてきた長澤忠徳と、OFFICE HALO代表取締役でWEデザインスクールを主宰する稲葉裕美との対談を公開します。大学におけるデザインの学びを牽引してきた長澤は、いま、社会とデザインの関係性をどのように見ているのか。デザインへの関心を高めているビジネスパーソンにとって、その学びを始めるうえで大切なこととは何か?二人が意見を語り合いました。

構成=杉原環樹(ライター)

 

■ クリエイティブへの期待と誤解

稲葉:いま社会では、「ビジネス」「デザイン」「テクノロジー」という三つの領域を横断的に理解し、統合していく人材への要請が高まっていると思います。ただ、一口にそれらの歩み寄りが大事と言っても、バッググラウンドの違いによって、それぞれ、学びにおける課題、今後果たしていくべき役割は異なるはず。今回の公開講座は、そのなかでも主にビジネスバッググラウンドの方を対象に、今後どんな能力が求められるのかを探求していただける場にしたいと思っています。

そうしたなかで、長澤先生はこれまでデザインコンサルタントとして、さまざまな現場でビジネスバッググラウンドの方たちとも協業されてきたかと思います。ご活動のなかでは、どんな課題を感じられてきましたか?

 

長澤:僕はイギリス留学からの帰国後、1980年代にデザインコンサルタントの活動を始めましたが、当時、この仕事を理解してくれる人は少なかったですね。イギリスではわりにこの職能が認知されていて、いわゆる「かたち」に関わる部分以外でも、ビジネスの統合的なプロセスがデザイン的に捉えられるという理解があった。でも日本では、下請け的に扱われることがほとんどでした。

そもそも当時は、デザインにまつわる用語や課題の設定の仕方自体が、日本の企業に根付いていなかったんです。

 

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稲葉:デザイナーの仕事は、最後に色かたちを整えるだけのスタイリングだという誤解は、いまでもよく耳にします。高度なデザイン人材がいても、企業組織サイドにデザインを組み込むシステムがなかったり、適材適所に配置するという人事の体制がなかったりもする。これは、現在にもつながる問題ですよね。

 

長澤:同時に、当時は日本でデザインの定義が広がり出した時期でもありました。その頃注目された言葉に「CI(コーポレート・アイデンティティ)」があります。いまで言う「ブランディング」ですが、「デザインの対象は視覚に限らない」という認識がまだない時代で、「単なるマークのデザインじゃないのか」という声も多かった。

ただ、当時からその重要性を理解していた人たちが、CIを意識し始めました。そこからデザインというものへの理解が、少しずつ広まったと思います。

 

稲葉:いまもまだやっと理解が少しずつ広まっている、という状況ですね。私たちの学校の受講生の方でも、たとえば「デザインとは趣味や好き嫌いで決まっているもの」という風に考えていたりする方も多い。そのため、「デザインには理由がある」というところからお伝えすることが、いまだに重要になっています。

 

■デザインを理解するとは?

稲葉:いろんな現場をご覧になるなかで、デザインで成功している組織、デザインを扱えず苦戦している組織、さまざまな企業を見ていらっしゃったんじゃないかと思いますが、当時、デザイン経営ができていると感じられた方はいましたか?

 

長澤:一人はソニー創業者の盛田昭夫さんです。彼はデザインの理解者で、PPセンター(現クリエイティブセンター)長で取締役の黒木靖夫さんによるウォークマンの開発を後押ししました。もう一人は、少し時代は前になるけれど、シャープ創業者の早川徳次さん。彼が見出した東京藝術大学卒のデザイナー坂下清さんは、その後、製品だけでなくシャープのCIを手がけました。

 

稲葉:いわゆるアップルのスティーブ・ジョブズとジョナサン・アイブの関係ですよね。経営にデザインを活用されていた方たちには、なにか特殊な背景や特徴があったと思われますか?

 

長澤:ひとつ言えるのは、デザインについての「理解力」だと思います。当時の「デザイン」は、いまで言う「イノベーション」のような新しいキーワードだった。それに目覚める必要性を、経営者がどれだけ早く意識するのか。技術では他社と横並びになってしまうところを、その理解力で一歩抜き出るわけです。また、視覚的だけではなく、総合的な頭の使い方こそがデザインらしさだと言えますが、彼らにはそれがあったんだと思います。

 

稲葉:私たちの学校でも、デザインを理解するとはどういうことかを探求していますが、まず基本として、目に見えているデザインを自分の力で「見える/見えない」というハードルがあると感じます。次に、可視的なものから、体験など不可視のデザインも含めたものの、その背景にある価値が「見える/見えない」ということがハードルになってくる。

結局は、可視不可視に関わらず、その「意味が見える」かどうかが大きな分かれ目になっていて、そこの部分で苦労されている受講生の方が多いという実感があります。

 

長澤:それで言うと、デザイン思考にも同じことが言えると思うんです。というのも、良いデザインというのは、プロセスだけの問題じゃないですから。

 

稲葉:そうですね。デザイン思考を使ってみたけれどうまくいかなかったという方も多いですが、デザインの知識や判断力を持って、使い所を見極めることが重要ですよね。

 

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■高度デザイン人材を考える

長澤:デザインの活用には、総合的な判断力や知識が必要になる。だからこそ、デザインコンサルタントが必要なんだけど、職能として理解されていないから、初めは「何でも屋」みたいに見られていましたね(笑)。

 

稲葉:デザインのプロに何ができるのかについて、認識を上げていくことが活用への第一歩ですよね。ビジネスの現場レベルの現状は、デザインへの予算もない、受け入れる組織の構造や仕組みもない。でも、本当の意味でデザインを活用するなら、組織の人たちにもデザインリテラシーがあることが重要になる。いま、マネジメント側の人たちのなかにも、デザインを学びたいと考える方たちが非常に増えてきている印象があります。

 

長澤:とても良い視点ですね。実際、コンサルタントを雇って上手くいくときは、企業側にコンサルタントを上手く使いこなす人がいるときなんです。これは本当にそう。

 

稲葉:活かす力がないといけないんですよね。それが無いと、外部や専門家の意見をどう判断して良いかわからず、相談もできず、丸投げして丸呑みにしてしまう……。

 

長澤:僕は、企業に固定の担当者を設けてもらうようにしていました。その人に、デザインのレクチャーやイベントがあるたび同行してもらうんです。すると、だんだんこちらの言語が理解できるようになる。会話のなかで自然と意見を言えるようになったら、僕はもう要らないんですよ。

 

稲葉:直接クリエイティブの方に接することや、その人たちの会議を聞くことで、「あ、こういうことなんだ」と、勘所が少しずつ掴めてくるというのはありますよね。

 

長澤:同じ機能の商品なら、より「美しい」もの、「環境に優しい」ものがいい。そういう「正しさ」の感覚ってありますよね。これをデザイナーシップと言います。デザイナーは、「いくら安くてもこんなものを作ってはいけない」とか「カッコよくてもこれは社会をダメにしてしまう」といった意識を持っているもの。このデザイナーシップの感覚を、デザイナー以外の人にも身につけてもらえると良いなと思います。

 

後編は「クリエイティブの学びにおいて大切なこと」について>>

 

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