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【magazine】武蔵野美術大学公開講座2019 第3回レポート 「アート×ビジネスの関係」を学ぶ!

武蔵野美術大学とWEデザインスクールの共同開催する社会人向けの連続公開講座。その第三回「『アート×ビジネスの関係』を学ぶ!」が、10月2日、東京ミッドタウン内のインターナショナル・デザイン・リエゾンセンターで開催された。今回のゲストは、「Soup Stock Tokyo」などを展開する株式会社スマイルズの代表で、アートコレクターとして知られる遠山正道さん。OFFICE HALO代表/WEデザインスクール主宰の稲葉裕美さんを聞き手に、近年は自身もアート事業に乗り出す遠山さんが、アートとビジネスの世界を行き来することの意味について語った。

文=杉原環樹(ライター)

 

個人として、会社として、アートから学ぶ

この日も会場には、多くの参加者が詰めかけた。冒頭、マイクを握った稲葉さんは、遠山さんのことを「コレクターとして活動するだけでなく、自らクリエイティブを体現している稀有な経営者」と表現する。自身の起業にあたっても、遠山さんの著書に刺激を受けたと言い、「ビジネスはこういう風にも考えられるんだ、と学んだ」存在だと話す。

 

2019年に、自身の会社を起こして20周年を迎えた遠山さん。「うちの会社ではデザインという言葉はあまり出てこない。むしろ、デザインを抜いて事業を考えることがそもそもできない」と語るほど、その経営にクリエイティブの要素は不可欠だという。

 

遠山さんは、最初に自身が所有する「遠山コレクション」を紹介した。アート作品の購入は個人的なものと会社のためのものに分かれ、それぞれに目的は異なるという。

 

たとえば、遠山さんが最初に所有した作品は、28年前の結婚と新居への引越しの際に個人的に購入した、菅井汲の1963年の幾何学的な抽象画だ。「菅井汲」という渋い選択に思わず驚くが、背景には自身の生年が1962年であることがある。

 

「菅井さんは、以前はより激しい表現的な作品を制作していたが、徐々に整理された画面に以降した。この変化は世界的な現代アートの流れとも連動していて、歴史の大きな転換と自分の生年が重なっていることに、いろんなことを感じられるんです」。

 

また、ベルンド・オップル(Bernd Oppl)の《Terminal B》は、世界有数のアートフェアの会場でたまたま見つけたものだ。「はじめ作品を見たときは、何がどうなっているのかわからなかった。でも、3Dプリンタで作った空港の一角を再現した水槽に、黒い絵の具を流して実写した作品とわかり、『やられた!』と思い購入した」と話す。

 

一方、会社で作品を購入する場合は、「このくらいは知っておいた方がいいという教育的な側面」と、「見ることで自分の仕事を問い直させる作品であること」を重視する。

 

スマイルズで最初に買ったのは、名和晃平の「Direction」シリーズの一枚だ。この平面作品は、垂直のキャンバスに絵の具を滴らせて制作されたもの。日本でも屈指の人気作家である名和といえば、ビーズを用いた彫刻が有名だが、安定して売れる人気の作風に留まることなく、新たな挑戦を続ける姿勢を社員にも感じてほしかった、と話す。

 

ほかにも、軽妙な作風で知られるイギリス美術界の巨匠デイヴィッド・ホックニーや、世界を旅する写真家の石川直樹、若者に高い人気を誇る写真家ライアン・マッギンレーなどの作品も会社所有のものだ。こうした作品たちは、スマイルズの運営する飲食店の店内や、その広告におけるキーヴィジュアルとしても使用されている。

 

■ アートとビジネスはお互いに助け合える

現在につながる遠山さんの原点のひとつは、三菱商事の社員時代に「このまま定年したらつまらない」と一念発起で開催した、自身の絵画の個展だ。この経験は、「誰かに言われたわけではない初めての意思表示であり、初めての自己責任であり、初めて自分で何かを作って誰かに手渡すことの楽しさを知った」経験であり、「Soup Stock Tokyo」誕生の出発点となった。

 

遠山さんは「アートはビジネスではないが、ビジネスはアートに似ている」と言う。「どちらも暗い闇のなかに見えるぼんやりした光を形にするもの。一般に、ビジネスはマーケティングに基づき、アートは自分に基づくものとされるけれど、ビジネスも自分に基づいてこそ良いビジネスになる。その出発点は、必ずしも合理的なものじゃなくていいんです」。

 

ただ、ビジネスを形にするには多くの人の協力が不可欠だ。そこから、両者の違いも生まれてくる。遠山さんはそれを、一コマ漫画と四コマ漫画に例えた。「ビジネスは四コマ漫画で、流れやオチを明確にしているから理解しやすい。アートは描きたいものだけを描くから、いきなり感がある(笑)。でも、他人の目を気にしない正直さという強みもあります」。

 

また、アートとビジネスには、それぞれ得意分野と不得意分野がある。仕事で何かを決断するとき、話題はどうしても「業種・業態」「用途」「価格」など、具体性や数字に向かいがちだ。しかし、仕事の価値とは、これらに還元できるのか。他方、アートはそこで取りこぼされがちな「想い」や「感動」の表現は得意だが、具体性に欠ける場合も少なくない。遠山さんは、今後はこれらが相互に補完し合うようなあり方が大事になる、と語る。

 

そんな遠山さんにとって、アートとは「見えないトリガー」だという。「僕たちが普段認識できているのは、世界のほんの10%くらい。残りの90%にある、まだ言語化、価値化されていないものに狙いを定めて、それを見せてくれるのがアートの面白いところだ」。

 

近年は「The Chain Museum」という名前で、各地に小さなミュージアムやアートのプラットフォームを生み出すアート事業も展開している。たとえば「風車の上の雑草」は、アーティスト須田悦弘の雑草を模した作品を、高さ80メートルの風車の上に設置するプロジェクト。また、2016年からは、日本を代表する芸術祭「瀬戸内国際芸術祭」に、一組の参加作家として、宿泊可能な「檸檬ホテル(レモンホテル)」という作品を出品している。

 

2019年には、「ArtSticker」というアプリもリリースした。これは、かつての貴族などの大きなパトロンに代わり、個人がアーティストを気軽に支援する「マイクロパトロネージュ」の文化を促進するプラットフォームだ。「もともと表現と販売は違う行為。インスタレーションなど販売に向かない表現も増える昨今、この仕組みが浸透すればイノベーティブだと思う」。

 

こうした取り組みの背景には、「価値とは何か?」という疑問もあるという。ビジネスはコストの計算を積み重ねるが、アートの世界では、同じ材料で描かれた絵が数万円にも数億円にもなる不思議な世界だ。「僕自身も、まだどこに向かうのかわからず、試行錯誤ばかり」と笑うが、自分でもアートの現場を作ることで、この価値のあり方について考えていきたいと語る。

 

自分なりの価値観を持つことの大事さ

イベントの後半は、モデレーターの稲葉さんを聞き手にトークが進められた。

 

稲葉さんが最初に話題にしたのは、遠山さんにアートに対する関心を芽生えさせた個人的な背景について。「優れた経営者には、生育環境のなかで芸術文化に触れる経験が豊富な人が多い気がするんです」と稲葉さん。

 

これに遠山さんは、「たしかに、父や祖父はビジネス系だったけど、その他の親戚には芸術の仕事をしている人が多かった」と返答。「でも、これはあとから自分なりに見つけた理屈なんです。医者になっていたら、また別の理屈を人生から見つけていたと思う(笑)。不幸な経験でも何でも、理由を付けてそれらしく振る舞う。経営者には案外そういう人が多いですね」。

 

興味深かったのは、遠山さんの話のなかで、こうした「自分なりの理屈」を学びによって見つけ出そうとする姿勢が、あちこちに感じられたことだ。

 

たとえば、あらためて「作品を選ぶさいの観点」について聞かれると、詩人のねじめ正一が詩の入門書で語ったという、「現代詩は塊で読め」という言葉を紹介した。「つまり、まずは数行の詩を塊として見て、気になったらはじめて一行を細かく読めばいい。このねじめさんの言葉で、気持ちが楽になりました。アートも最初はまるっと好き嫌いで捉えていいんだ、と」。

 

個人の直感は、コレクションの個性の源泉となる。世界の有名コレクターの品が並ぶ展覧会があった際、遠山さんの知人のある女性コレクターの出品作品は、規模や価格では他に及ばなかった。しかし蓋を開けると、「彼女らしい」そのコレクションは、もっとも高い評判を獲得したという。「自分のフィーリングと結びつくから個性的になる。経済力のあるコレクターは有名作家ばかりを集めるから、アートの教科書みたいになってしまうんです」。

 

これはビジネスをはじめ、あらゆる決断にも通じるという。スマイルズでは、その仕事が「自分ごと」であるかを重視し、できるだけマーケティングは行わない。「『センスがある』とは、そこにジャッジがあるということ。ジャッジがないと、ブランドや流行に頼ってしまう。そうではなくて、自分の思いがそこに宿っているか、それを価値だと考えた方がいい」と遠山さん。

 

アートとビジネスを行き来する姿勢についての話も興味深かった。稲葉さんから、「アートに触れることで求めているものは?」と問われると、遠山氏は「アートは周囲から神格化されがちだが、僕はそうは思わない。アーティストも僕らと同じように悩んでいる」と返す。

 

「僕はある時期から、アートの人と話すときはビジネスの人間として、ビジネスの人と話すときはアートの人間として語るようにしている。そうすると自分に自信が持てる。これはビジネス以外でも良くて、心理学や医療など、自分の分野とアートを掛け合わせたらどうなるか。既存のアートのあり方を無理に好きになる必要はなくて、自分なりの楽な見方、それぞれのアート観があればいいと思うんです」。

 

■ どんな大きなビジネスも、入口は自分ごと

今回の公開講座では、毎回、ゲストに同じ三つの問いを投げている。最後に、遠山さんがこれらの問いに答えた。

 

ひとつ目は「発想はどこからくるのか」。これに対して遠山さんは、「発想はアウトプットからくるもの」と語る。一般的に、発想の源はインプットと紐づけて語られることも多い。しかし遠山さんは、普段、テレビや新聞、雑誌にはほとんど触れないという。そのため、自身で思いついた「斬新」なアイデアが、すでに巷に流行していると後で知ることも多い、と笑う。

 

それでも、情報を無闇に取り入れたいと思わないのは、「情報は厄介なもの」という意識があるからだ。「世間の情報には、自分に関係ないものも多い。それを咀嚼できればいいけど、僕はけっこう鵜呑みにしてしまうタイプ。むしろ、自分の方から興味のあることについてアウトプットすると、必要な情報が入ってくる。発想は、そんな風に形にしています」。

 

ふたつ目の「新しい価値をつくるとは何か」という質問には、「自分は天邪鬼。人がやっていることはやりたくなくて、自分でやらないと納得できない」と返す。

 

「だから、成功しても評価の半分は元の会社のものになってしまうフランチャイズは、絶対やらないと思う。評価はまるっと自分のものにしたいから(笑)。でも、そうやって他人の責任にできないことやるからこそ、クリエイティブさや、価値も生まれるんだと思います」。

 

最後の「未来の創造的リーダー像とは」という問いには、本当に周囲を動かす人物とは「リーダーの自覚がない人」だと答え、自身が好きな本として『リーダーシップの旅~見えないものを見る~』(野田智義、金井壽宏著、光文社、2007年)を紹介した。

 

同著では、暗い森に囲まれた村のある住民が、抑えられない気持ちに動かされ、森の向こうに微かに見える空を目指して歩き始めると、次第にフォロワーが生まれてくる、という物語が語られる。つまり、リーダーとは結果的になるものだ、というリーダー像だ。「リスクを冒す人に他者は何かを感じてくれるもの。意思や実行があることがリーダーだと思う」と遠山さん。

 

自身で新しい取り組みを始めるときは、できるだけ小さく始めることを心がけているという。たとえば、先述した「檸檬ホテル」も、1日1組しか泊まれない。「大きな規模だと怖くてできないことも、小さな規模なら思い切ったことできるし、遠くまで届くことができる。規模の大きさよりも、そこに実行が伴っているということが何より大事だと思います」。

 

しかし、現在の多くの会社では、部下のこうした実行や決断の種を上司が奪ってしまっているのではないか、とも指摘する。自身の会社では、人事などさまざまな判断にあたり、ほとんどの場合、現場の判断を尊重し、自らは判断しないように意識しているという。

 

一連の話を受けて、稲葉さんは、「スマイルズは一見、いろんな事業をしているが、じつはすべてに遠山さんや会社の思いが根付いている。自分の内側にアクセスし、その声に忠実に取り組みをしている。それは、アーティストにも近い活動のあり方だと思います」と語った。

 

これに対して遠山さんは最後に、「小さく始めて、そこでキラキラしながら、やがて大きなものに到達するのが良いなと。学生が始めたFacebookや、創業者が妻の自転車にエンジンを付けたことから始まったホンダも、そこから大きくなった。入口は自分ごとなんです」と話した。

 

会場の参加者はどんなことを感じたのか。イベント終了後、話を聞いた。

 

もともと美術大学志望だったものの、現在は保育の学校に通っているという20代の女性は、クリエイティブな領域との接点を探りたくて参加した。そうしたなかで、ビジネスとアートを行き来する遠山氏の姿勢に触れ、「いわゆるアートの世界に進まなくても、自分もいまいる保育の世界とアートの世界をつなげられるかもしれない」という可能性を感じたという。

 

また、広告代理店の制作部に所属する30代の男性も、「アートの世界ではビジネスの人間として、ビジネスの世界ではアートの人間として振る舞う」という話に刺激を受けたと話す。「自分も会社の立場でもモヤモヤしていたが、話を聞いて、自分の好きなものを貫いていいんだと背中を押されたような気持ちになりました」。

 
 

武蔵野美術大学公開講座2019 「クリエイティブを学ぶ! 〜デザイン、アートの力って?」
■第3回 2019年10月2日(水)19:00-21:00
「アート×ビジネスの関係」を学ぶ!
講 師:遠山正道|株式会社スマイルズ代表取締役社長
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