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【magazine】武蔵野美術大学公開講座2019 第1回レポート 「0→1を生むアートとデザインの思考」を学ぶ!

 

武蔵野美術大学とWEデザインスクールが共同開催する社会人向けの公開講座「クリエイティブを学ぶ! 〜デザイン、アートの力って?」の第一回が9月11日、東京ミッドタウンのインターナショナル・リエゾン・センターで開催され、アーティスト、デザイナーの長谷川愛さんと、講座のモデレーターを務めるOFFICE HALO代表/WEデザインスクール主宰の稲葉裕美さんが登壇した。講座では、近年注目を集める問題提起型のデザイン=「スペキュラティブデザイン」について、長谷川さんが自身の作品や代表作品を紹介。常識を揺るがし人々の視座を広げる、その魅力を語った。

文=杉原環樹(ライター)

 

■ スペキュラティブデザインとは?

「『0→1を生むアートとデザインの思考』を学ぶ!」と題したこの日の公開講座には、平日夜にも関わらず、会場を満席にする参加者が集まった。今回も含めて全3回の開催が予定されている講座は、すでにキャンセル待ちが出るほどの反響だという。

 

背景には、「ビジネス」「デザイン」「テクノロジー」といった諸分野の新たな関わりが模索される昨今の関心がある。モデレーターの稲葉裕美さんは、従来は個人の資質で結び付けられるほかなかったこれらの領域の統合を担う人材の育成を目指し、ビジネスパーソンを対象とした「WEデザインスクール」を主宰してきた。その問題意識を共有した今回の講座でも、全3回を通して、「発想はどこからくるのか?」「新しい価値をつくるとは何か?」「未来の創造的リーダー像とは?」という問題について考えていくという。

 

第1回のゲストである長谷川愛さんは、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)などを経て、現在はマサチューセッツ工科大学メディアラボの研究員も務めるアーティスト、デザイナーだ。テクノロジーの進化を背景に、現代の生殖や家族の問題を掘り下げる彼女の作品は、近年、森美術館の企画展にも出品されるなど注目を集めている。

 

そんな長谷川さんの活動の土台となっているのが、師であるRCAのアンソニー・ダンとフィオーナ・レイビー(Dunne & Raby)によって提唱され、 2010年代に世界的に広まった「スペキュラティブデザイン」(Speculative Design)という考え方である。

 

これまで一般的に、アートとデザインの区別を行う場合、前者が問題提起、後者が問題解決を担うものだと整理されることが多かった。しかし、1960〜70年代に実現不可能な都市・建築モデルを提案した前衛建築家集団「アーキグラム」などのように、デザインという営みは本来、社会への挑発的な問いかけを孕むことができるものだ。

 

こうしたデザインの可能性は、産業構造や消費社会の要請のなかで、現実的な「売れるため」のかたちづくりに矮小化されてしまっている。これに対して、スペキュラティブデザインでは、あえてSF的にも思える「あり得る未来の姿」を提示することで、人々のなかに未来の世界への問いや思考を生み出そうとする。

 

たとえば講座では、歯に埋め込んだ小型の装置で電波を受信するジェームズ・オーガーの「The Audio Tooth Impact」や、人間であることを休んでヤギになろうと本格的に試みるトーマス・トゥウェイツの「GoatMan: How I Took a Holiday from Being Human」など、興味深いいくつもの事例が紹介された。

 

ビジュアルが促す、複雑な問題への思考

長谷川さんは、スペキュラティブデザインの定義について、Dunne & Rabyの「スペキュラティブデザインとは、社会的夢想のための促進剤のようなもの」という言葉を紹介した。そして、人々の想像を広げるその実践のなかでは、「そもそもどんな世界を欲するのか?」「そもそも何を良しとするのか?」「そもそも誰の基準で“良し”を決めているのか?」といった根本的な問いについて考えていくことが重要だと話した。

 

長谷川さんも自身の作品で、そうした問いを鋭く社会に突きつけてきた。たとえば、《私はイルカを産みたい…》(2011〜13年)は、人間の母体を通して絶滅危惧種の動物を代理出産する世界を映像で見せた作品だ。従来、出産をめぐる選択肢というと、「産む/産まない」「養子を取る/取らない」などしかなかったが、合成生物学という分野の発展によって、人間がどんな生物でも出産できる未来が開きつつある。この作品は、そうした可能性を前に、彼女が何を産みたいかを考えたことから生まれたものだという。


《私はイルカを産みたい…》(2011〜13年)

 

また、資生堂との協働による《Humana X Shark》(2017年)は、サメを性的に惹きつける香水の開発と、その過程を追った映像作品である。制作の背景には、既存のコスメ商品の開発が、「日本の男性に好かれる」という狭い「美」の価値観のなかで行われていることに対する疑問があった。興味深いことに、人間と動物の境界を問うこうした長谷川さんの試みは、キリスト教の影響から両者を厳然と区別する欧米圏でとくに注目を集めているという。


《Humana X Shark》(2017年)

 

さらに、おそらく長谷川さんの作品で国内的にもっとも有名なのが、森美術館の「六本木クロッシング2016展」にも出品された《(Im)possible baby》(2014年〜)である。同性間で子どもをつくることを疑問視する傾向のある社会への問いから始まったこのプロジェクトで、長谷川さんは同性カップルの遺伝情報を用い、二人の間に生まれる子どもの姿をシミューレート。外見的、性格的な特徴を備えたその子どものイメージや、両親を含む家族写真を提示した。この試みはNHKでも番組化され、大きな反響を得た。


《(Im)possible baby》(2014年〜)

 

ほかにも、3人以上の遺伝子を持った子どもについて考える《SHARED BABY》(2011年)や、アメリカの警官による無抵抗の黒人への暴力や殺人という社会問題を背景に、顔認証システムと機械学習を使って、統計的に「殺されやすい顔の黒人」を前には発砲できなくなる銃を提案する《ALT-BIAS GUN》(2018年?〜)などが紹介された。長谷川さんの作品は、視覚化やプロダクト化の力を通して、複雑な問題について考える契機を与えてくれる。

異なる社会や時代に触れることの重要性

長谷川さんのプレゼンのあと、講座の後半では稲葉さんも交えたトークが行われた。

 

稲葉さんから、テレビ番組でも紹介された《(Im)possible baby》に対する反響について聞かれた長谷川さん。そこで彼女が紹介した、さまざまな意見が面白かった。

 

たとえば、同性間での出産が一般化すると、「養子を認めない、伝統的な血縁主義に戻る危険性がある」という意見や、「LGBTQが培ってきた多様性受容文化が脅かされるのでは?」という意見。あるいは、「男性同士で子どもを作れるようになると、女性が不要になり、ますます男性中心の世界にならないか?」という意見もあったという。

 

さらに、議論にバイアスをかけないよう、マイノリティに対しても適切な距離を心がけた長谷川さんだが、それが逆に「マイノリティに冷たい」との反応も呼んだ。もちろんこうした議論の発生自体が、彼女の作品の狙いであり、その一部を成していることは言うまでもない。「人々のなかに問いを生み出すには、日常の一線を超える必要がある。一歩踏み込んだところに問いや新しい視点は生まれるのでは?」と稲葉さん。

 

いっぽう長谷川さんは、常識を超えた視点に気づく力を育むうえで、SF作品や、オペラや落語といった古典に触れることを勧めているという。「どちらも技術や社会の前提が現代とは異なる文化だから」だ。また、同時代の多様な文化に触れることや、旅を通してマイノリティの立場を経験することも重要だと語る。時代を超えた作品経験と、同時代の幅広い異文化体験。この縦軸と横軸が、彼女の発想の土台となっているようだ。

 

また、トークのなかでは、人間の「欲望」をめぐる一幕も興味深かった。

 

「アーティストと接すると、つねに『人間』としてよく生きることを考えていると感じる。凸凹があるのが本来の人間性なのに、多くの人々が定型の社会人像に自分を押し込めている」という稲葉さんの話題に対し、長谷川さんも「アーティストには快楽主義者が多いと感じる」と返す。そして、「我慢強い人は気に入らないプロダクトやシステムでも使い続けるけれど、そもそも、あるものがそのかたちである必要があるのかどうか。どうしても納得がいかないと考える人がイノベーターになるのではないか」と語った。

 

「未来の当たり前」に、いかに気づくか

終盤では、冒頭で掲げられた公開講座全体を通した問いのひとつ「新しい価値をつくるとは何か」に対して、長谷川さんがファッションデザイナー、ココ・シャネルの活動を挙げる場面もあった。

 

それまで着用することが常識だった矯正下着「コルセット」を排して、女性のパンツスタイルやスーツスタイルを定着させたことなどで知られるシャネル。また彼女は、人口合成香料を使用し、「シャネル N°5」という何かを参照しない抽象的な香りの香水を初めて流通させた。こうした彼女の新しい価値の提示は、「普通からの逸脱」から生まれていると長谷川さんは言う。たしかに、稲葉さんも指摘したように、当時の女性のパンツスタイルは周囲から見ればかなり異様だったはずだ。

 

だが、それがいまや社会の普通となり、マーケットを開いている。では、そうした新鮮な発想にたどり着くには何が大切なのか。この問いに対して長谷川さんは、「自分の場合は個人的な悩みや怒りから発想を得ることが多い」と語り、「いろんな場所に出て、自分がマイノリティになる経験をたくさんしたほうがいい」とあらためて強調した。

 

こうして約二時間にわたる公開講座は終了。その後、会場で参加者の声を聞いた。

 

大学で情報デザインを教える男性は、参加の動機について、「我々の分野でもどう問題点に気づくかが大事。大学の研究では仮説から解決策を考えるが、そもそも何に取り組むべきかを問う視点が抜けていると感じていた」と話す。そうしたなか、この講座を通して「10年後の当たり前に、いかに気づくか。実例を通して、現在の違和感や痛みやニーズに対して、長期的に、SF的に考えることの大切さを感じた」という。

 

また、不動産関係の企業でサービス企画をする女性は、イノベーションへの関心から講座に参加し、現在に立脚した認識と将来の常識との乖離を感じたと語る。「たとえば私が若いころは、誰もが結婚して定年まで働くことが常識だった。その考え方をもとに家や介護施設を作ってきたけれど、そんな常識はもはやない。もしも現状を30年前に想像できていた企業があったら、その会社のサービスはビジネス的にも成功していたはず。今日の話は一見ビジネスとは関係なさそうで、じつは応用性の高い話だったと思う」。

 

こうしたビジネス分野で高まるアートやデザインへの関心について長谷川さんは、「熱心な美術ファン以外の層が育たないと、良い作品も作られない。日本にマンガやアニメの優れた作品が多いのは、見る層が幅広く、多様な批判があるから。その意味で、マスに開かれることの意味はあると思う」と話した。そして、「スペキュラティブデザインは一般化できる方法論ではなく、あくまでも個人の態度を示すものだが、多くの人に実践をしてもらえるための伝え方や方法を今後も考えていきたい」という。

 

長谷川さんの作品をはじめ、さまざまの具体例を通してスペキュラティブデザインの世界に触れた今回の講座。それは、参加者のアートやデザイン観、未来への想像のあり方を少なからず広げるものだったのではないかと思う。

 
 


武蔵野美術大学公開講座2019 「クリエイティブを学ぶ! 〜デザイン、アートの力って?」
■第1回 2019年9月11日(水)19:00-21:00
「0→1を生むアートとデザインの思考」を学ぶ!
講 師:長谷川愛|アーティスト、デザイナー
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